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いい年した大人がスマホゲームをどうしてもやめられないのはなぜ?

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時間の無駄、カネのムダ、そんなことは分かってるけど止められない

どうも千日です。電車に乗っていると8割くらいの人はスマホを見てますよね、そのうち結構な割合でゲーム画面を開いてます。

一時は冷ややかな目で見てたんですけど、 そんな自分もハマってしまうとなるほどなあ、と思うことがあるので不思議ですよね。

ただ、自分自身がスマホゲームにハマっているときでも、それに熱中しながらも「これって無意味だな」と認識しながらやっている自分がいます。

しかし止められない。

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「ダメと分かっているのに止められない」というのは中毒なんですよね。 つまり、私はスマホゲーム中毒だったというわけです。

しかし、あることをキッカケにピッタリやめました。

まあ、具体的にはスマホの画面からアンインストールしたわけです。 ただ、アンインストールしてももう一度インストールしたら、続きからプレイできてしまうので、また再発してしまう可能性は秘めています。 というか、2回くらいやってます笑。

しかし今回は当分(5年単位のスパンで)やらないだろうなと思います。 そこで、やめたいけどやめられない人のために、このエントリーを書こうと思った次第です。

結論を先に言っておくと、スマホゲームは無意味かもしれませんけど、無意味だという理由だけなら、別にやめなくてもいいと思うんですよ。

スマホゲームに癒される今の大人

いい年をして…という意見は、もう時代にそぐわないのかもしれません。

むしろそこそこ大人をターゲットにしているのが今のスマホゲームでしょう。ガチャの有料アイテムに惜しげもなく課金できるのも、成人ならではですからね。

作り手は大人を対象として作ってるでしょう、これはおそらく間違いないです。

一緒にプレイする人を地球のすみずみから探してくれる

スマホのゲームというのはインターネットを通じて、その時点でゲームにログインしている人をサッと集めて(マッチングして)ゲームをプレイできるようになっています。

それこそ、夜中の3時だろうが自分が遊びたいなと思った時にポケットにあるスマホを取り出してタップすれば、スマホがその時間に同じように遊びたいと思っている人を全世界から集めて来てくれます。

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よくよく考えると、これってすごいことですよ。

子どものころに公園の広場で「鬼ごっこする人この指とーまれ!」って言って集まった友達と遊ぶ感覚に近いです。 つまり、スマホゲームの場合はその公園の広場は世界に向けて開かれていて、今この瞬間に同じゲームで遊びたい人を地球の裏側まで探しに行ってくれるのです。

そして、そのマッチングは数秒です。1分もかかると「マッチングに時間がかかる、改善すべき」なんて言われるレベルです。

子どものころのリアルな遊びであれば鬼ごっこがしたい子もいれば、野球がしたい子もいますし、遊びに必要な人数や定員に対して今いる人数という制約もありました。

その点、スマホゲームであればまさにピンポイントに、そのゲームをしたい人だけを全世界からパパっと連れて来てくれて、しかもメンバーの熟練度も揃えるということまでしてくれたりするんです。

それは"どこでもドア"級の遊び道具

サイコーですよね。やばいです。 今では当たり前すぎて評価されていないように思うんですけど、スマホゲームってドラえもんのどこでもドア級の発明ですよ。ゲームにおける効用の面ではむしろそれ以上でしょう。

例えば、どこでもドアを使えば世界中の人とプレイできますが、ドアを開けた向こうで遊び相手を探さなくてはなりませんよね。

仮にどこでもドアが機能として同じ遊びをする人のところまで連れて行ってくれるとしても、初対面の人に会うのに部屋着のままという訳にもいかないでしょう。私たちはただゲームがしたいだけなんです。

「ハローナイスツーミーチュー」からゲームスタートまでの時間は極力減らしたい。それは相手も同じ。

今、自室のベッドの上で部屋着のまま、気兼ねなく遊べる知らない人、でも同じゲームのルールを知ってて楽しめる人

こんな都合のいい条件の人をいとも簡単に揃えて連れて来てくれるのです。 

かつての子供たちの究極の癒し

私に言わせれば、こんなに至れり尽くせりな夢の道具に飽きてしまう方がどうかしているのですよ。

子供の頃、もっともっと遊びたいのに日が暮れると、後ろ髪を引かれるように帰ったものですが、スマホゲームには門限という概念がありません。

いつなんどきでも、広場に立って『この指とまれ!』と言えば瞬く間に友達が集まる、かつての子ども(今は大人)にとっての、それは癒しなんです。

だからそのゲームのルールは本当に単純なもので良いんですよ。子供の遊びの延長です。

鬼ごっこやかくれんぼ、追いかけたり、隠れたり、取ったり、取られたり、もしくは、砂場の砂遊びのような、そんなプリミティブな野性を刺激するゲームは言葉や国境を超えて多くの遊び相手を集めることが出来るのです。

今人気のPUBGモバイルなんか、そういう点でど真ん中なんですよ。

ウチにホームステイしている留学生の男の子が「おにーさん、絶対こういうの好きデショ」って誘ってくれたんですが、ハマり過ぎることが分かっていたのでPUBGはダウンロードしませんでした。

私と同じブログサービスでブログを書いてる同世代のオッサンが見事にハマっていて、おーハマってんなーと高見の見物をしつつ、ちょっと羨ましい感じで眺めてます。

なかでもこの記事が好き。

うん、わかる気がする。

まあ、私は油断して第五人格という別の鬼ごっこゲームをダウンロードしてしまい、見事にハマってしまったんですけどね。

ゲームなんかにカネや時間をかけるのは勿体ない?

スマホのゲームを有利に進めることのできる有料のアイテムを購入するためにお金をつぎ込んだり、低確率のガチャにお金を突っ込んだり…というのが勿体ないです。

ゲーム実況をするユーチューバーの中にはそうした低確率のアイテムを取るために自分が大金を突っ込む様子を「闇ガチャ」と称して、見世物として公開したりしてるんですけど、はたから見ててもどうかなって感じです。

ゲームのダウンロード自体はゼロ円でも、制作側はこうした有料のアイテムの販売益でもって制作費を回収し儲けることを目的にしているんですよね。

無課金プレイで楽しみたい?

だから自分はあくまで無課金で遊ぶんだ、という人がいます。プレイで手に入れられるゲーム内のマネーでも、ある程度そうした有料アイテムを手に入れられる場合があるのです。

しかし、そのかわりに作業的なプレイ、長時間のプレイを強いられることが多いですね。だって簡単に、楽しみながら有料アイテムが手に入ったら、誰もお金を出さないでしょう。

ちょっとお金を払えば手に入れられるものを、苦行のような作業と引き換えに得るというのは、費用対効果で割に合わないと思うわけですよ。

だってそもそもゲームは気晴らしの遊びなんです。

そもそもゲームに使う時間が勿体ない?

だったらそもそもゲームに時間を使うこと自体が勿体ないよね、という人が出てくるんですよね。

これ、時給思考というやつです。

ゲームに熱中して後悔することは?と聞いたら高確率で返ってくる言葉があります。

ゲームにかけたその時間を語学や資格の勉強に充てればよかった。 

しかし、そういう問題じゃないんですよ。そもそも人間は「自分にプラスになることだけをやる」そういう風には出来ていません。

何の得にもならないんだけど、やってて楽しいこと、気持ちのいいことをやらないとやっていけないんですよ。

意味が無いからやめた方がいいのか?

でも、少なくともゲームをいくらやったところで意味ないでしょう。

そういう人もいます。最近はeスポーツという、テレビゲームのプロ化が話題になっていて、億単位の賞金を稼ぐプレイヤーもいますけど、そういうプレイヤーでない限り、いくらやっても意味が無いと言えばそうかもしれません。

しかし、意味があるとか意味が無いとかっていうのは誰かが決めることじゃないですよ。

例えば、自分の仕事はそれに意味があるからやってるんでしょうかね?私の感覚ではそうじゃないんです。

確かに、仕事そのものには意味があるんです。意義と言った方が一般的な表現でしょうね。もっと直接的に言えば、社会へのメリットです。

自分の仕事のやりがいを社会的意義で語る人がいますけど、基本的にそういう話を私は信用しないんですよね。そういうのは全部後付けだと思っているからです。

人がそれに対して頑張れるかどうか、というのは意義じゃないです。単純にそれが楽しいかどうか?だと思っています。

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ゲームが楽しい・好きなのなら続ければいい

いくらやっても意味が無いからやめるってオカシイんですよ。意味があるか意味が無いか、その線引きはハッキリしていないんです。

例えば「少なくとも今自分がやっているスマホゲームは意味が無いと思う」ならばやめるべきなのか?ということになるんです。

しかし自分としては意味が無いと思っていたことが、ひょんなことから実を結ぶということがあります。

例えば、私が趣味として始めた千日のブログは、ゲームと同じく意味の無いことでした。少なくとも当時の私にとってはそうです。しかし、楽しいからやっていたんですね。

しかしやがて、ブログが住宅ローンの分野で多くの人に知られるようになり、出版社から本を出すまでになりました。

ただ楽しいけど、意味は無い。

という、当時の私の判断でブログを書くことをやめていたら本を出すなんて出来なかったでしょうね。

つまり、意味が有るか無いかということで、それをやるやらないを決めるのは損なのです。

ゲームだけの問題ではなく生き方に通じる

例えばゲームですけど、それが楽しい、楽しくないという基準で続けるかどうかを決めるべきなんです。

もし、意味が有るか無いという基準で続けるかどうかを決めたとします。そういう意思決定のポリシーというのはゲームだけにとどまらないはずなんですよね。

今後、別の趣味や活動について「これは意味があるんだろうか?」と自問して「意味ないナ」とその時点で判断されてしまったら、その趣味や活動はそれがどんなに楽しいものでも、止めてしまうんでしょう。

また逆に「意味がある」と判断したことで、その活動を続けることが苦業のようになっていたとしても、続けるということになります。

「好き」というのは、それだけで才能なんですよ。一番自分の人間としてのポテンシャルを高く維持できる分野なのです。

本当に「このゲーム」が好きか?と自問した

そして、私は自分自身に問いかけたんです。オレはこのゲームが好きか?と。

そこまで好きじゃないかな…

というのが、私の答えでした。

確かに一度始めると、惰性でずっとやってしまうんですけど、それは遊び相手がずっといる広場に居ることが楽しいだけで、そのゲームがそこまで好きってわけでも無いんだなということだったんですよね。

そして、明らかにそこに入り浸り過ぎている、自分の「好き」の程度以上に、プレイ時間が度を越しているという現実がありました。ちょっと苦行の方に入りかけていたんです。

ゲームをやっている時間が増えることで妻との会話も減りました。妻は地球の裏側に住んでるプレイヤーよりは大事にすべき相手でしょう、当然ですね。

なので、すっぱりと止めました。

YouTubeのプレイ動画とか観てるとまたやりたくなるので、関連動画は観ないようにししましたが、当分の間は「おすすめ」に出てきてしまうんですよねw

しばらく誘惑はありますけど、がんばります。

以上、千日のブログでした。

《あとがき》

たまには住宅ローン以外の話題をと思いまして書きました。実際、ずっとやっちゃうんですよね。

さすがに妻からもクレームが出まして、どうも私がスマホゲームをしているのを見ていると腹が立ってくるらしいです。

スマホをマンションの8階から投げると脅されたというのもありますね。

ははは、どうも最近は…

妻「8階から…」

私「わかった、落ち着いて、やめるから」

というのが一つのパターン化しているように思います、あはは。

というのも、半年前に私が煙草をやめたときにも同じようなやり取りがありましたからね。その時は妻が8階から飛び降りるというパターンでしたので、もう少し深刻なケンカでした。

それでタバコをやめたときの話はこちら。

興味のある方は読んでみてください。

それが一見、どんなに無意味に見えても、また愚かなことに見えても、「無意味だからやめるべき」「愚かなことだからやめるべき」という考え方はしないようにしようと思っています。

2018年9月19日

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