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時給思考が負ける理由、お金の儲け方・働き方と人生のヒント

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時給思考は未来を壊す 橋を架ける思考が未来を創る

どうも千日です。私のブログでは常時お題を募集しており、それに答えています。今回はこんなご相談です。

私がお金だいすきなのでお金増やしたいんです。私は石橋をたたいて渡らないタイプの人間なので、結局資産運用はほとんどしていません。

お金に左右されない幸せを見つける方が大切と考える今日この頃です。

資産運用というか、お金に対する人生観なども教えていただけると、とても勉強になりそうです。

そこでお金に対する考え方、人生観についてお話しようと思います。

この方が、ということでは無いのですが最近『時給換算したらいくら』というフレーズをよく耳にするようになりました。

この時給換算は、自慢するとき自虐するときの両方の局面で使用される、今ではとてもメジャーなツールですが、昔は無かったものです。誰かは知りませんが、ある賢い人が言い出して、皆が使うようになった感じです。

リアルに、わたし達に与えられた時間は有限です。その時間を使って得られるお金もまた有限です。

だから、

金は命よりも重い。

by利根川幸雄『賭博黙示録カイジ』のセリフより

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わたし達の時間を奪う、無駄な時間を使わせる『時間泥棒』は緩やかな殺人者です。

そういうものからは距離を取り、効率を上げていくことで、時給は今の10倍にもなるのです!

……実は、ね。

こうした時給思考こそが、わたし達の人生と未来を破壊している元凶なんですよ。

時給に円/hの計算結果以上の意味を与える考え方

時給は時間あたりの給料です。以下のような計算式で計算できますね。

時給(円/h)=収入(円)÷時間(h)

収入も、かけた時間も、タダの数字です。

この数字に意味を与えるのは人間です。

  • 収入(円):バリューやメリット
  • かけた時間(h):人生や命

こういう感じでしょうか。ですから時給(円/h)というものは、その人の価値を人生で割ったものという感じになるんですね。

ということは、

  • 自分の存在価値である。
  • 自分の幸福度の度合いである。

こんな感じになるんでしょう。

だから、時給を上げることが自分の価値を高め、幸せになるための、合理的な方法なのだというのが、彼らの主張です。

バリューやメリットを貨幣で測定することの限界

価値を貨幣単位で測定することにかけては、会計士という仕事柄、プロフェッショナルです。貨幣で測定する限り、バリューやメリットは過小評価される運命にあるのですよ。

仕事が生み出すメリットはお金だけで測れるものではありません。これはきれいごとではなく、事実としてです。

バリューはお金だけで換算すると過小評価される

例えば、橋を架ける仕事のバリューをどう測定しますか?

  • 時給思考では、工事売上として受け取る代金、ないしはそこから原価を差し引いた利益ということになるでしょう。
  • 私の考え方は、その橋が架かることによって、誰もが早く安全に向こう岸へ渡れることによるメリットです。

もちろん、キャッシュとして受け取れる代金の多い少ないは、その橋が架かることによってもたらされるメリットの大きさに左右されます。

しかし、その橋が架かることによって、今後何百年と誰もが行き来できることによる経済的な価値や、失われずに済む生命が全部貨幣価値に測定されて反映されるわけじゃありませんよね。

貨幣価値に換算されるバリューは、ごくごく一部なのです。

メリットを貨幣で測定することのデメリット

お金だけでは測れない価値がある。

こんなことを言うと『何をきれいごとを』と言う人がいるんです、一定数。『きれいごとだ』という言葉のウラには『現実を見ろ』があります。

しかし、そんな人こそ『現実が見えていない』のですよ。自分に見えないもの、実感できないものは無いものとして目をつぶっているのと同じです。

お金のベクトルだけから利益を追求していくと、その他の要素との関連性が見えなくなってしまって結果的に様々なチャンスを逃しているのです。

小さな利己主義より大きな利己主義

橋を架ける仕事は、得られる収入の割に大変な労力と時間を要するものです。つまり時給が低い。

時給が低い橋を架ける仕事は他人にやらせて、自分はタダで橋を利用して利益を上げる方が賢い。

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これが時給思考の最適解ですよね?フリーライダーというんでしたっけ。

自分の時給を高めるには有限な収入を有限な時間で割るわけです。かける時間は少なく得られるカネは大きくしなければならない。

とことん、利己的なんですね。

利己的というのが悪いこととは思いません。『己』の範囲が小さすぎるのがダメなんですよ。

自分と周囲を含めて利益を最大化する

時給思考の人の利己主義の『己』はマジで自分だけなんです。時給の低い仕事は他人に押し付けなければ、自分は高い時給を得られないのですから。

イヤな仕事を押し付け合う。より強い者が弱い者に時給の低い仕事を押し付ける、修羅の世界ですね。そんな人のところに儲け話なんて来るわけが無いのです。『この人と関わったら、面倒だけ押し付けられる』なんて人と誰が付き合うんでしょうか。

昔話の『いじわる爺さん』『いじわる婆さん』がラストでは地獄に落ちる理由は『道徳』ではなく『道理』だと思っています。

彼らは『己』の範囲が狭すぎたから地獄に落ちた、というのが私の持論です。

  • 自分と相手を含めて『己』として利益を最大化する。

こうしていれば、バカ正直な正直爺さんになど、負けはしなかったのです。

この己の範囲を広げれば広げるほど、ゲットできる利益のボリュームは大きくなります。その副産物として時給は勝手に上がっていくでしょうね。

時給の使いどころを間違えるな!

時給思考にとらわれると、周囲との関係がゼロサムゲームになってしまいます。自分がトクをするためには、周囲が損をしなければならないからです。

全体として利益を最大化するには、ときには自分が「割に合わない仕事」をしなければならない場面があります。しかし、そういう場面を「時間泥棒」と認識してしまうと、回りまわって損をします。

『時給換算』という概念がメジャーになってから、どうもそういう人が増えているように思うんですよね。

こういう事を言うと『ブラック企業やりがい搾取を肯定するのか?』ということを言ってくる人が出てきます。

  • ミクロ:経営者VS労働者のゼロサムゲームの道具としてOK
  • マクロ:自分(拡大して社会)の利益を測る道具としてNG

私が言っているのはこういうことです。

本当の幸せって奪わなくても得られるものだ

社会全体にある富は有限です。その有限な富をごく一部の人が独占しているのが今の世の中です。これが現実だと思っています。

ならば、持っている人から富を奪わなければ自分が豊かになれない、という考え方になるのが時給思考です。

そうじゃない、と私は思っています。

人間はしょせん動物です。

2足歩行の猿です。もっと簡単なことで幸せになれるんですよ。

私は妻とスーパー銭湯へ行って、マンションの入り口で妻を先に降ろし、車を駐車場に停めてから、近所のコンビニへ寄り道して204円のオリオンビールを買って寒い夜空を見上げて帰るときに幸せを感じます。

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なぜ幸せを感じられるのか?

  • 家に帰れば暖かい部屋がある(そこでビールが飲める)。
  • 家に帰れば妻とホームステイしている留学生が待ってる。
  • 明日も生きていけるという確信。

家の暖かい部屋も、家族も、私が誰かから奪って手に入れたものではありません。

明日も生きていける確信は、自分を含む周囲にメリットのある仕事をしているという自覚があるからです

まとめ~筋金入りのリアリストが架ける橋

時給思考に対して『橋を架ける思考』という言葉を考えました。

建築っていい仕事だと思っています。もし次生まれ変わるならば、そうした後世に残るものを作りたいです。

この橋は俺が架けたんだ!とかこの建物を俺が建てたんだ!と言えるような仕事っていいなと思うんです。

でも、本を書きあげて思ったんですよね。この本も橋だな、と。

そしてこのブログだって橋です。

これからの社会は少子高齢化社会です。人口が戦争や災害などの原因ではなく自然に減少していく、というのは人類がいままで経験したことの無いことです。

そんな環境下で、どうやって自分や家族を守るのか? 住まいを手に入れるにあたっては、こうした長期的な視野をもつべきことですが、全く手薄なのです。

そして、これに対する正解はまだこの世にありません。つまり、安全に向こう岸に渡りきるための橋が、まだ無いんですよ。

その正解のない問いに真正面から答えることを試みているのが、私の書く本であり、公開しているブログなんです。 目にはみえませんが、それも橋ではないでしょうか。

  • 一緒に同じ道を行く人のために、
  • 後から同じ道を行く人のために、

安全に渡れる橋を架けること。

そして、この橋は私が架けたものだ!と自分に対して胸を張れること。

これは皆がそれぞれの分野で、職場で、実行できることなのだと思っています。

これを理想主義だと思うでしょうか?

自分では筋金入りのリアリストだと思っているんですけどね。そして今日も橋を架けています。

以上、千日のブログでした。

《あとがき》

お題のリクエストを募集したところ、メールで頂きまして、作成した記事です。常時募集してますので、奮ってメールでご応募ください。

私の書いた本のタイトルなんですが家を買うときに「お金で損したくない人」が読む本です。一見『時給思考』の本であるように見えるかもしれませんね。実用書のタイトルって著者は決められないんです。出版社が出版会議で決めます。

でも、本のタイトルとしては悪くないと思っています。

放っておけば損得勘定の橋を渡ってしまう人に…

そっちの橋は危ないよ!こっちを渡りなさい!

と伝えるチャンスのあるタイトルだと思うからです。

確かに少子高齢化の現実は厳しいです、加えて年金制度の不条理…しかし、そこに道理を見つけることが出来れば、それが皆が渡れる橋になると思っています。

私の人生もそろそろ折り返し、後半戦です。天国へのパスが欲しいと思う年ごろになってきました。

微力かもしれませんが、助けになればうれしいです。 

2018年1月29日 

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