マイナス金利政策の副作用対策として日銀が長期金利を操作
どうも千日です。注目された昨日の日銀総括から市場が受けたメッセージはこれまでの日銀による金融政策の手詰まり感でした。
それとよく聞くのが「専門用語が多くどういう政策か良く分からない」という声です。
社会全体の景気を良くする為のメッセージなんですから、出来るだけ広く多くの人がキャッチしてこれからの消費や投資行動の参考にするのがこの総括の本分です。
一部の金融関係者やら専門家だけがああだこうだと言ってても意味無いんですよ。
ですから、このエントリーでは難解な経済用語を予備知識が無くても理解可能な言葉に置き換え、それでいて本質的な肝の部分を外さないように解説していきます。
では、始めますね。
目次
日銀による金融緩和の「総括的な検証」
日本銀行法では、日本銀行の金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」としています。
物価の安定があらゆる経済活動や国民経済の基盤となるからです。
市場経済では、個人や企業はモノやサービスの価格を手がかりにして、お金の使い道を決めていますよね。ですから、物価の大きな変動は個人や企業が行う投資や消費の判断を迷わせ、景気を後退させます。
そこで日本銀行は2013年1月に「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、これの早期実現にコミット(何がなんでも守る約束と)し、これまでに2つの政策を行ってきたのです。
- 量的・質的金融緩和
- マイナス金利付き量的・質的金融緩和
量的・質的金融緩和とは
量的・質的金融緩和は2013年4月に打ち出した政策です。名前のとおり量と質の2つの面で金融緩和を推進する政策です。
- 『量』:日本銀行が供給する通貨(=マネタリーベース)を年間約80兆円のペースで増加させる。
- 『質』:金利の低下を促すために日銀の長期国債の保有残高が年間約80兆円のペースで増加するように買い入れる。
『量』の面をシンプルに説明すると、日本銀行が大量の貨幣を製造印刷して沢山のお金を市場に出回らせるということです。
市場にあるモノの総量が変わらず貨幣だけが増えると、モノの価格は自然と上がるよね。ということです。
『質』の面をシンプルに説明すると、日銀が長期国債を市場から買いまくり、国債の相場を吊り上げることで国債の利回りを下げるということです。
長期金利は企業が設備投資をするときに金融機関から資金を借り入れるときの金利になります。その長期金利は国債価格と逆方向に動くのです。
- 債券の価格が上昇すると長期金利は下落する。
- 債券の価格が下落すると長期金利は上昇する。
この仕組みを説明しましょう。
金利とは利回りを言います。利回りとは投資した元本に対して投資の成果として得られる利益が年に何パーセントかという割合です。
10年国債
額面金額100円
券面利率2.0%
上記の前提で3つのパターンで解説します。小学校の算数の知識で理解できます。
- 国債の相場が100円の場合
券面利率は2%ですから、100円に対して毎年2円の利息が貰えます。10年後の満期には100円の元本が返ってきます。
100円投資して毎年2円の利益ですから、運用利回りは年2%です。
- 国債の相場が95円の場合
額面100円の国債が95円に値下がりしている時に買えば、毎年2円の利息を貰える上に満期で額面どおり100円で償還されます。購入価格との差額である5円が値上り(キャピタルゲイン)として手に入ります。
95円投資して毎年2.5円の利益ですから、2.5÷95で運用利回りは2.6%です。
- 国債の相場が105円の場合
額面100円の国債が105円に値上がりしている時に買えば、毎年2円の利息を貰えますけど、満期で返って来るのは額面の100円だけです。購入価格との差額であるマイナス5円を値下がり(キャピタルロス)として被ることになります。
105円投資して毎年1.5円の利益ですから、1.5÷105で運用利回りは1.4%です。
逆方向に動く債券価格と利回り
価格95円の利回りは2.6%です。
価格100円の利回りは2%です。
価格105円の利回りは1.4%です。
債券の価格と利回りを並べてみてみると、それぞれ逆方向に動いていることがわかりますよね。
つまり、こういうことです。
- 日銀は年間80兆円のペースで市場から国債を購入しました。
- 国債の数が減りますから、国債の相場は上がります。
- 国債の相場が上がれば国債の利回りが下がります。
- 長期金利が下がり、企業が設備投資をする借入金利が下がります。
- 金利が安いので企業は積極的に設備投資を行うようになります。
年間80兆円のペースで貨幣を製造し、その貨幣で国債を購入することで金融緩和政策を実行したんです。
量的・質的金融緩和の成果と逆風
日本は15年以上物価が持続的に下落するデフレだったのですが、この量的・質的金融緩和の仕組みが上手く機能してその後3年強の現在(2016年)に至るまで、デフレを脱却することが出来ました。
もしもこの「量的・質的金融緩和」がなかったら、という仮定をおいて経済や物価がどうなっていたかというシミュレーションをすると、未だにデフレ状態が続いていただろうといわれています。
2つの波及効果
「量的・質的金融緩和」には二つの波及効果があります。もしも後述する逆風が無ければ、本当に目標の2%を達成していたかもしれませんね。
- 何が何でも2%の目標を実現するということを、日銀の実際の行動(国債の大量購入)で表明することで、わたし達の物価に対する見方を「これから物価は上がっていく」と変えること。
- 大量の国債を買うことで、企業が設備投資をするための長期金利を引き下げること。
2つの逆風
当初このメカニズムはうまく機能して順調に消費者物価は上がっていったんですけど、勢いづこうとしたところで、その上昇ムードに水を差すような出来事が立て続けに2度起こったんです。
- 2014年夏以降の原油価格の下落と消費税率の引き上げ(5%→8%)。
- 2015年夏以降の中国をはじめとする新興国経済の減速と世界的な金融市場の不安定化。
「過去」に軸をおいて将来を予想する我々日本人の特徴
人々が予測する物価の上がり方(予想物価上昇率)は①これからの要素(フォアードルッキング)と②これまでの経験の二つの要素で決まりますが、日本人の場合は他国と比べて②の要素が強く過去の物価上昇率に引きずられやすいんです。
ですから、日銀が青筋を立てて『これからゼッタイに2%の物価上昇率を達成します!そのために、こんなことを実行してます!』と実際に実行に移しても…
イや、そうは言ってもサ。今までの感じから考えたら、そう簡単にいかないし、貯金しておかないと不安だっちゃ。
と、なかなか付いて来ないんですよね。
事実として日銀が大量に市場に出回らせたお金を死蔵させるタンス預金が増えているんです。日本国内のタンス預金の残高は、40兆円ほどと推定されています。
2016年度に印刷される1万円札の枚数が前年の1.17倍の12億3千万枚になることが財務省の計画で決まったそうです。この1万円札が突出して増えている理由は言うまでもなく「タンス預金」の増加です。
当面は物価が上がらないから、現金で持っていても何の損もない。
こういう一人ひとりのマインド・行動も集積すると『市場』です。それが金融政策の効果を減少させている要因でもあるんです。
マイナス金利付き量的・質的金融緩和とは
これに業を煮やして2016年1月に日銀がさらに繰り出した政策がマイナス金利付き量的・質的金融緩和政策です。従来の量的・質的金融緩和政策にマイナス金利政策を付加したものです。
マイナス金利政策は、民間の金融機関が日銀に預けている当座預金の一部に-0.1%のマイナス金利を適用し、逆に利息を払わせる政策です。
金融機関は自分が預けている預金に利息を払うなんて嫌ですから、日銀に預けた預金を引き落とす。
その資金は投資や融資に向けられて、経済を刺激するだろう。ということですね。
マイナス金利政策の波及効果と副作用
マイナス金利政策によって、10年国債金利は大きく低下して史上初の0%を下回る事態になりました。
なぜそうなった?に答えます。
金融機関は日銀のマイナス金利政策で、預けていた当座預金に利息を払わなければならなくなりますので、預金を引き出します。
ではお金をどうします?金庫に保管しておきますか?
そんな勿体無いことはしません。
銀行のビジネスは金利で儲けるビジネスです。現金をそのまま置いておくというのはロスなんですよ。
- 何か利息の付く投資
- 日銀なみに安全な投資
- すぐに投資できる銘柄
そういう投資先として『とりあえず』日銀から引き揚げてきた資金を国債の購入に充てたんです。
日銀が大量に購入しているうえに、全ての金融機関がこぞって国債の購入に走れば、当然国債の価格は上がりますよね。国債価格の上昇は?前述のように長期金利の下落という訳です。
この長期金利の下落は、マイナス金利政策の波及効果で、金融機関や機関投資家が一時に国債の購入に殺到したことによる国債価格の上昇を反映したものだという事です。
波及効果~住宅ローンの金利の下落と不動産投資の増加
国債の利回りがマイナスになり、投資対象として購入できなくなると、銀行は国債に代わる投資先として住宅ローンにターゲットを移しました。
特に信託銀行は国債への投資割合が多いのですが10年国債の利回りはマイナスになり、とてもじゃないですが、投資として買える利回りではありません。
そこで、国債に代わる投資として住宅ローンというわけです。信託銀行は都銀よりも余剰資金を安全資産で保有しなければならないニーズが高いのです。
それで信託銀行を先頭として、各銀行間の住宅ローンの争奪戦が始まったんです。
住宅ローンは住宅に第一順位の抵当権の設定を受けますし、債務者にとって住宅は生活の基盤ですから何が何でも支払にコミットする超優良債権です。
国債に代替しうる堅い投資案件なのです。
また、長期金利が下がったことで、賃貸不動産への投資も増えました。
特に相続税対策として、負債を負うことで相続財産の評価額を下げる目的と金利の安さということで、畑や空き地に賃貸アパートを建てる地主さんが増えました。
副作用~金融機関の業績悪化
しかし、金利が下がって良いことばかりでは無いんです。安い金利や借換で金融機関の業績は圧迫されています。
借換で高い金利の既存債務者はどんどん減っていきます。低い金利を提示して新たな債務者をゲットしていかなければ、さらに苦しくなるんです。
住宅ローンの利用者であるわたしたちにとって、今この瞬間は低金利のメリットだけが表面化してますが、その反面、確実に銀行の利益を圧迫しているんです。
今はローンの相談をしてもお客扱いしてくれている融資担当者が一転して貸し渋りに振れるリスクが水面下で進行しているんです。
副作用~退職給付債務の負担増加
また、長期金利がマイナスということはサラリーマンの退職金にも影を落とすのです。
退職金の原資である年金基金は国債を中心とした安全資産で運用しています。前述した国債の例で考えてみましょう。
10年国債
額面金額100円
券面利率2.0%
国債の相場が100円の場合
券面利率は2%ですから、100円に対して毎年2円の利息が貰えます。10年後の満期には100円の元本が返ってきます。
100円投資して毎年2円の利益ですから、運用利回りは年2%、100円投資して10年で120円リターンがあるということですね。
例えば、10年後に120円の退職金を払おうとすれば、今この国債に100円投資しておけばよいということです。
では逆にこの利回りがマイナス2%だったらどうでしょうか?
マイナスということは、投資とリターンがそっくりそのまま反転します。
120円投資して10年で100円のリターンしかないということです。
ということは、今の時点で10年後の退職金120円を準備していても、10年後には100円に減っているのでさらに多くのお金を準備しなければならないということです。
無い袖は振れません。
その会社の財政状態によっては退職金を減らすような規程の変更をしなければ、債務超過になって銀行からの融資を止められ、倒産してしまう危険性があるんですね。
背に腹は代えられません。
こうなると、わたし達は退職金が減ることを受け入れざるを得なくなるでしょう。
金利が安いからラッキーなんて言っていられない状況がすぐそこに来ているんです。
長短金利操作付き量的・質的金融緩和
総括に見るマイナス金利政策のメリットとデメリットですけど、デメリットの長期金利がマイナスで退職金が目減りするのはシャレになりませんよね。
今までのマネタリーベース(=日銀が供給する通貨を増やすこと)は効果があったんで維持しつつ、長期金利がマイナスとなっている好ましくない部分を是正するのが長短金利操作付き量的・質的金融緩和です。
長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)とは
日銀が長期金利を操作して現在マイナスとなっている10年国債利回りを0%で安定させる。
というのが一番の特徴です。
- 短期金利については民間の金融機関が日銀に預けている当座預金の一部に-0.1%のマイナス金利を適用し続ける。
- 長期金利については10年物国債金利がおおむね0%で推移するように長期国債の買い入れをする。
- 長短金利操作のために日本銀行が指定する利回りによる国債の買い入れをする。
- 民間金融機関に低利の固定金利で資金を貸し出す期間を従来の1年から10年に延長する。
いままで中央銀行が操作するのは短期金利までであり、長期金利については為替や資金需給関係など多くの要素が絡まりあって形成されるものというのが常識でしたが、それを覆す政策です。
つまり、これからは日本銀行が年間80兆円という圧倒的なボリュームで、日銀の指定する利回りで国債の買い入れ(指値オペレーション)をしていくわけです。
- 債券の価格が上昇すると長期金利は下落する。
- 債券の価格が下落すると長期金利は上昇する。
国債の相場は自ずと日銀の想定する利回りに収束していくでしょう。日銀なら金利の操作は十分に可能です。
長期金利が0%で安定すれば、退職金が目減りするということもありません。
長期国債以外の資産買入れ方針とは
ETFなどの長期国債以外の購入については、従来は日経平均株価に連動するETFをおおむね全体の半分程度買い入れていました。
今後は約6兆円、東証1部上場銘柄の時価総額を指数化した東証株価指数型が全体の3分の2程度になる計算だそうです。
ETFとは、証券取引所に上場し株価指数などに代表される指標への連動を目指す投資信託で、「Exchange Traded Funds」の頭文字をとりETFと呼ばれています。
約6兆円のETF買い入れは市場の価格形成や日本銀行の財務健全性に及ぼす悪影響から多すぎるという反対意見もあったのですが、賛成7反対2の多数決で決定されました。
オーバーシュート型コミットメントとは
日本銀行は、2%の『物価安定の目標』を安定的に持続するために必要な時点まで「長短金利操作付き量的・質的緩和」を継続すると宣言し、これをオーバーシュート型コミットメントと呼んでいます。
オーバーシュートとは、相場や有価証券の価格の行き過ぎた変動のことです。
目標を達成するまでは行くところまで行くよ。
というニュアンスです。ここまでの政策を行っていくには今後も、大量の国債の購入を通じて大量に貨幣を市場に供給していかなければなりませんね。
前述したように、我々日本人は過去を軸に将来を予測しますので、日銀が2%の目標に向かうこれからの期待よりも過去に引きずられる傾向があるんです。
これを引っ張り上げる必要がある。
そこでさらに強いメッセージが必要だと考えたんですね。
日本の通貨供給量は、経済規模対比で80%と欧米の4倍です。これがあと1年少し経つと100%を超えていきます。それくらい大規模な金融緩和を、実際に「2%超」の物価上昇を目にするまで続けるということです。
確かに、常軌を逸した水準になっていますね。
それでもまだタンス預金を続けますか?という日銀からの問いなんだと思います。
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まとめ~総括的な検証の感想
いつになく、文字が多かったですけど、ここまで読んで頂きありがとうございます。
昨日出た総括をサラッと読んだんですけど、
何がポイントかイマイチよく分からない。
というのが第一印象でした。ただ、総括前まではやたらと「マイナス金利の深堀り」が喧伝されていたので、現状維持というのは意外な感じでしたね。
市場は失望したようですが、千日はホッとしました。
何が?っていうのはちょっと言語化が難しいんですけどね。なんとなく、です。
昨日はあまり時間もなかったので、【金利予想】日銀総括の影響で2016年10月フラット35金利はどうなる?固定金利と変動金利の動向 - 千日のブログ 家と住宅ローンのはてな?に答えるまでにしたのですが、次回はじっくりと今後の住宅ローンや住宅市場の動向についても考察してみたいと思います。
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以上、千日のブログでした。
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