税務署が送るお尋ね
20XX年秋、国税専門官として税務署に配属されたばかりの新人の私は納税者様に送る「お尋ね」文書の作成に忙殺されている。なんでこんなに沢山の手紙を納税者に送らなければいけないのか…
私はこんな雑用みたいな仕事をしたくて国税専門官を志したのではない。ついでに言うと『オカリナ』などと差別的なアダ名を付けられた事にも腹が立っている。
「お尋ね」とは
お尋ねとは税務署から納税者に郵送する質問状である。申告書を提出するのは3月だがこの時点で申告書が正しいかどうかなどは分からない。3月の提出の時点では未だ「受付」に過ぎない。
4月以降に税務署が持っている各種の情報と照合する。その結果、疑わしい点やつじつまの合わない点がある納税者には「申告内容のお尋ね」や「取引内容のお尋ね」など、目的に応じたお尋ね文書を郵送するのだ。
聞くところによると、こんなに沢山のお尋ねを送るのはこの税務署始まって以来の事らしい。
普段は雑用などしない千田(せんだ)先輩も駆り出されている。見るといつもなら『こんな雑用』とヤル気の無い先輩が嬉々として封入作業をやっている。
「先輩、やけに精が出ますね」
「当たり前田のクラッカー、取れるトコロからはガッポリ取ってやらにゃあ」
「今年はなんでこんなに多いんですか?」
「お前、税務大学校の授業で寝てただろ?まあ教えてやろうか…マイナンバー制度様々って訳だ、ガハハハ」
マイナンバー制度の落とし穴
何のことか分からない人の為に説明しよう。平成28年(2016年)1月の所得税からマイナンバー制度が導入された事によってそれ以降の個人の収入は国税に筒抜けになった。
マイナンバー制度の導入前は、仮に収入があるのは分かっても、その人の納税データと紐付けるキーが無く、やろうとすれば手作業で申告書を探して来るしか無かったのだ。これでは効率が悪い。
しかし、1人にたった一つのマイナンバーが付けられたことで、個人の収入(=企業から入手する報酬などの支払情報)と個人の納税データとを機械的に一括で照合出来るようになったのである。
今やっているのは、そういう照合で収入を申告していない納税者へのお尋ねなのだ。
20万円以下は申告不要の落とし穴
「でも先輩、年間の雑収入が20万円に満たない人も含まれてますよ?」
「そうだな、だから何だ」
「サラリーマンが年末調整してたら、給与所得と退職所得以外の所得で20万円以下なら確定申告は不要ですよね?」
「だからお前は半人前なんだよ、雑所得が20万円以下でも、申告が必要な場合があるんだ」
えええええ?
給与を一ヶ所だけから受けており、給与の収入総額が2,000万円以下の給与所得者は、給与について源泉徴収や年末調整を受けている場合は、給与以外の所得が20万円以下なら原則として確定申告しなくてよい。
しかしながら
この規定は確定申告をしない場合について規定しているのであり、別の理由で確定申告する場合にも雑所得を申告しなくていいという規定ではないのだ。
マジか。
確定申告イエス・ノーチャート図
下の図はサラリーマン、OL、パートタイマーを前提にしたものだ。アフィリエイトやアドセンスの収入がある人が確定申告しなければならないかどうかを、質問にYESかNOかで答えて判定するチャート図だ。
サラリーマンが年末調整とは別に確定申告する場合の控除は色々あるが、代表的なのが以下の3つだ。
- 医療費控除(年間10万円を超える医療費)
- 寄付金控除(ふるさと納税の還付)
- 住宅ローン控除(年末調整ではなく自分でやる場合)
これらの控除によって源泉徴収された税金が返ってくるのだが、その為に自分で確定申告をすることになる。この場合はたとえ雑所得が20万円以下であったとしても、所得として申告し納税しなくてはならないのだ。
考えて見れば当たり前である。
20万円以下の雑所得について申告不要とする主旨が少額な所得について申告の手間を免除し、税金も免除することだとすれば、税金を返してくれという手続きをして来る人にまで免除してやる必要は無い。と言うことだろう。
確かに筋は通っている。
「ふるさと納税したアフィリエイターやブロガーは結構多いでしょうね、私もふるさと納税した人のブログを読んで、おトクだと思ってブランド牛を買いましたよ」
「フン、還付を受けようとしながら、ぬけぬけと雑所得を申告して来ない不届き者に恐怖の手紙を送ってやるのサ。まあ抜け道が無いでも無いがな総務省|ふるさと納税ポータルサイト|ふるさと納税のしくみ|ふるさと納税の流れ」
「還付請求しなけりゃ申告しなくて良かったのに、還付請求したばっかりに申告しないといけなくなるんですね。もし申告しないと『申告漏れ』扱いですか」
「ククク…奴らが慌てふためく様子が目に浮かぶわ!ワテがナニワの鬼と呼ばれている千田銅次郎(せんだ どうじろう)だす!」
「急に関西弁になってどうしたんですか?」
「お前『ミナミの帝王』を知らんのか?今度貸してやる。追徴税額は最大5年に遡るからな、それと最大1.4倍の重加算税じゃ。いっぺん飲み込んだエサでも喉に手ェ突っ込んで吐き出させまんがな!」
知らないという事は恐ろしい
「でもこんなこと、殆どの一般人は知らないですよ、いくらなんでも酷じゃないですか?」
「知らん奴が悪いんじゃ、法律ちゅうモンは弱いモンの味方するんやのうて、知ってるモンだけに味方するもんや」
「…それもミナミの帝王のセリフですか?」
「こっちは『還付請求してくれ』と頼んだ覚えはありまへんで!カカカ…」
「…あの〜先輩」
「なんやヤカマシイのう、黙って手ェ動かさんかィ」
「このお尋ねの宛先、先輩の奥さんじゃないですかね?」
「何ィ!?」
珍しい苗字なのですぐにそう思った。見るとかなりの雑所得がありそうだ。Googleやらアフィリエイト業者やらから年間600万円近くの振込がある。
「奥さんアフィリエイターだったんですね、先輩知らなかったんですか?」
「何かの間違いだろう、妻に限ってそんな…………ウチの住所だ…」
「ビンゴじゃないですか!どれどれどんなサイトかな…」
検索して目に飛び込んで来たのは『専業主婦アフィーの日記』だ。ホウホウと注目の記事を見て絶句した。
- スマホで夫の収入に頼らない生き方を
- 普通の主婦でもアフィリエイトで月20万円稼いでます
- 結婚10年目の財産分与は何パーセント?
- 離婚時の養育費の相場と出来るだけ養育費を多く貰う方法
- レンタルアフィー 有料でサイト改善の相談に乗ります、イケメンは無料(笑)
「イケメンは無料……先輩…結婚何年目ですか?」
「…今年で10年だ……多分」
以上、千日のブログでした。
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【想定問答集】税務署からお尋ね、電話、調査(千田銅次郎VS千日)
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